JLPTレベル別に読める近代文学の目安

日本語能力試験(JLPT)は、2010年の改定から、語彙や漢字、文法項目のリストを載せた「出題基準」を公開していません。公式のよくある質問によると、こうしたリストの公開は必ずしも適切ではないと判断した、とのことです。代わりに示されているのは、各レベルで何ができるかを文章で書いた「認定の目安」です。
つまり、「N3 ならこの小説が読める」という公式の対応はありません。それでも、学習者が本を選ぶときには、何らかの目安がほしいと思います。そこでこの記事では、青空文庫にある有名な作品を8編選び、文字数と漢字の割合を実際に数えて、JLPT のレベルごとの読み始めやすさを考えました。
この記事は、日本語を学んでいる方に向けて英語と中国語で書いたものを、日本語でも読めるようにしたものです。日本語を教えている方の参考にもなればと思います。
何を基準にするか
本の読みやすさを決めるものはいくつもありますが、数えられるものと、数えにくいものがあります。
数えられるのは、文字数と漢字の割合です。文字数は、読み切れるかどうかに直結します。漢字の割合は、ふりがながないときに読めない字に出会う回数の目安になります。
数えにくいのは、語彙の古さ、文の組み立て、そしてふりがなの量です。ふりがなは作品ではなく底本(青空文庫が入力のもとにした本)によって違います。たとえば「注文の多い料理店」は、新潮文庫を底本にした新字新仮名の版ではふりがなが約106か所、ちくま文庫の全集を底本にした新字旧仮名の版では約57か所でした。同じ作品でも、版によって読みやすさが変わります。
8編を数えてみた
青空文庫の新字新仮名の版で数えました。本文から、ふりがな、入力者の注記、空白、末尾の底本の情報を除き、漢字には「々」を含めています。数字は私が数えたもので、丸めてあります。
| 作品 | 作者 | 文字数 | 漢字の割合 |
|---|---|---|---|
| 手袋を買いに | 新美南吉 | 約3,500字 | 22% |
| ごん狐 | 新美南吉 | 約4,800字 | 15% |
| 注文の多い料理店 | 宮沢賢治 | 約5,400字 | 17% |
| 蜘蛛の糸 | 芥川龍之介 | 約2,900字 | 26% |
| 走れメロス | 太宰治 | 約9,800字 | 26% |
| 羅生門 | 芥川龍之介 | 約5,700字 | 28% |
| 坊っちゃん | 夏目漱石 | 約88,000字 | 28% |
| こころ | 夏目漱石 | 約160,000字 | 28% |
数えてみて意外だったのは、大人向けの作品の漢字の割合が、ほとんど同じだったことです。「羅生門」も「坊っちゃん」も「こころ」も28%前後でした。大きく違うのは、こども向けに書かれた作品と、大人向けの作品のあいだです。大人向けの作品どうしの難しさの差は、漢字の量ではなく、語の古さや文の長さ、そして作品の長さから来ていると私は考えています。
N4 まで
この段階では、青空文庫の作品はまだ急すぎると思います。上の表でいちばん短い作品でも、3,000字近くあり、学習者向けに語彙を絞ってはいません。JLPT の認定の目安は、N4 の読むことを「基本的な語彙や漢字を使って書かれた日常生活の中でも身近な話題の文章を、読んで理解することができる」としています。近代文学はその外側にあります。この段階では、学習者向けの多読用の読みものをたくさん読むのがよいと思います。読みものの段階については日本語の多読のやり方に書きました。
N3 のあたり
こども向けに書かれた童話が、最初の候補です。「ごん狐」は漢字が15%で、本文のほとんどが仮名です。「注文の多い料理店」は二人の紳士と店の張り紙のやりとりで話が進み、繰り返しが多いので先が読みやすい作品です。「手袋を買いに」は短く、母さん狐と子狐の話です。
ただし、仮名が多いことは、やさしいこととは限りません。仮名ばかりの文は、語の切れ目が見えにくくなります。また、方言や古い言い方も出てきます。「ごん狐」には、今はあまり使わない農村の暮らしの語がいくつも出てきます。分からない語があっても、筋が追えていれば十分だと思います。
N2 のあたり
大人向けの短編に手が届くのが、この段階です。「蜘蛛の糸」は約2,900字と短く、話の形も昔話に近いので、大人向けの作品の最初の一編に向いています。「走れメロス」は約9,800字と長めですが、話がまっすぐ進み、メロスが何をしているかを見失うことはまずありません。
N2 の認定の目安は、読むことについて、幅広い話題の新聞や雑誌の記事・解説、平易な評論などを読んで理解できること、としています。小説の語彙は新聞と同じではないので、この段階では辞書を引く回数が増えるのが普通です。引く回数が多すぎて筋を見失うようなら、童話に戻ってかまいません。
N1 のあたり
「羅生門」は約5,700字の短編ですが、平安時代の京都が舞台で、古い語と漢語が詰まっています。短いぶん、1ページあたりの密度は高い作品です。「坊っちゃん」は文は軽快ですが、約88,000字の長編で、主人公の江戸っ子らしい言い回しも出てきます。「こころ」は約16万字あり、後半は登場人物の長い手紙で、心の動きを細かく追う文章が続きます。
N1 に合格していても、こうした作品がすらすら読めるとは限りません。試験は現代の文章を扱っていて、近代文学には試験に出ない語がたくさんあるからです。ここで挙げたレベルは、どれも「読み始めてよい」という目安で、「辞書なしで読める」という意味ではありません。
目安は目安として
レベルと作品を結びつける表は、どれも誰かの判断です。この記事の表も同じです。いちばん確かな方法は、本文を1ページ読んでみることだと私は考えています。話の筋が追えていて、辞書を引く回数がそれほど多くなければ、その作品は今のあなたに合っています。
数える方法そのものは、ほかの作品にも使えます。青空文庫の図書カードを見れば表記(新字新仮名かどうか)が分かり、本文を開けば長さが分かります。作品の探し方は青空文庫とはに書きました。
Niho で作品の難しさを確かめる
私は、青空文庫の17,000以上の作品の目録が入った iPhone・iPad 用の無料の読書アプリ Niho を作っています。
作品の詳細画面には、表記(「新字新仮名」など)と文字数が出るので、ダウンロードする前に長さが分かります。旧仮名遣いの版は、ダウンロードの前にそう表示します。読んでいる途中で語を選んで「辞書で引く」を押すと、意味と一緒に、その語の JLPT レベルが表示されます。このレベルは Jonathan Waller さんの JLPT 単語リストによるもので、上に書いたとおり公式の出題基準ではありません。それでも、最初のページで引いた語のレベルを見ていけば、その作品が今の自分にとってどのくらい上にあるかの見当がつくと思います。
ふりがなは底本にある箇所だけに表示し、オフにもできます。横書きのみで、縦書きには対応していません。最初の一冊までの手順はNiho の始め方で説明しています。
