心の健康と脳

今日は、心の健康と脳がどのようにつながっているのかを探ってみたいと思います。
私たちは誰しも、何かしらの悩みを抱えています。多くの悩みは、あとから振り返れば取るに足らないものに思えますが、なかには他の悩みが消えたあともずっと残り続けるものもあります。表面的には順調に見える人でさえ、その内側では深い不満や空虚さを感じていることが少なくありません。
私自身は、このように消えない不安を、一種の「精神的な飢え」だと捉えています。人が肉体的に飢えていれば、それは周囲の誰の目にも明らかで、助けの手も差し伸べられやすいものです。しかし精神的な飢えは目に見えず、見過ごされてしまいがちです。子どもも大人も、自分がそれに苦しんでいることに気づかないまま苦しんでいることがあります。『星の王子さま』が伝えているように、本当に大切なものは目には見えません。だからこそ私たちは、自分自身の、そして他者の内なる葛藤に気づくために、細やかに心を配る必要があるのです。
脳は本当のところ何のためにあるのか、と問うてみると、その中心的な働きは「感覚」と「運動」をめぐるものだと思えてきます。生命の歩みをたどってみましょう。単細胞生物から多細胞生物へ、植物から動物へ、魚から両生類へ、そして哺乳類から現代の人類へ。この長い流れを眺めると、一つの大きな主題が浮かび上がってきます。脳の機能を獲得し、拡張していくという主題です。
単細胞生物 → 多細胞生物 → 後口動物 → 脊索動物 → 脊椎動物 → 魚類 → 両生類 → 有羊膜類 → 単弓類 → 哺乳類 → プルガトリウス → オモミス類 → エジプトピテクス → プロコンスル → 大型類人猿 → アウストラロピテクス類 → ホモ・エレクトス → 現生人類(ホモ・サピエンス)へと連なる進化の系譜のなかで、脳はおもに、感覚からの入力を統合し、運動を制御するために進化してきました。動物にとって脳は、根本的には「感覚と運動」のための器官なのです。
人間は、脳は考えるためにあると言いたがりますが、その本質は感覚と運動を結びつけることにあります。この力を使わずにいると、脳は鈍っていきます。使われないまま錆びついていく剃刀のように。放っておかれた脳は、認知機能の低下や慢性的な倦怠感、あるいは不健全な依存というかたちで、その衰えを見せることがあります。これらは、脳が静かに発している苦痛の、ときには腐敗のサインです。反対に、感覚と運動の力を存分に使って脳をうまく働かせてやれば、脳は腐るのではなく「発酵」しはじめます。
瞑想や坐禅は、もちろんこの営みにとって有益です。ストレスを和らげ、睡眠を改善し、心をほぐしてくれる実践はとても大切で、Calm や Headspace といったアプリは、そうした習慣を広めるうえですばらしい役割を果たしています。私はこうした「静」の活動を大切に思っていますが、そのうえで、もう一つ提案したいことがあります。日々の暮らしのあらゆる面に「動」として関わっていく、ということです。一つひとつの行いをマインドフルに、日常の仕事を丁寧に行うことで、私たちは深い充足感にたどり着けます。これこそ、私たちの心が本当に求めているものです。私の考えでは、日常の何気ない一つひとつが、すべて「修行」になり得ます。それも、深い喜びに満ちた修行に。
私が BrainDojo を作ったのは、家族がその喜びを分かち合い、ともにマインドフルであり続けられるようにと願ってのことです。もともとは自分自身と家族のために設計したものですが、世界中の多くの家族の支えにもなれたらと思っています。というのも、この種の修行とは、結局のところ、自分自身の新しい一面を見つけていくことにほかならないからです。家族で取り組む修行の素朴な喜びを、多くの人に味わっていただきたい。そして BrainDojo は、その道へと導く手助けができると信じています。
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