夏目漱石を学習者が読む:坊っちゃん、夢十夜、こころのどれから

夏目漱石は1867年に江戸で生まれ、1916年12月9日に亡くなりました。青空文庫の作家の紹介には、教師をしていたこと、1900年にイギリスへ留学したこと、1905年に「吾輩は猫である」を発表したこと、1907年に朝日新聞社に入ったことが書かれています。作品は日本でもパブリックドメインで、青空文庫で無料で原文を読めます。
この記事は、本来は日本語を学んでいる方に向けて英語と中国語で書いたものを、日本語でも読めるようにしたものです。日本語を教えている方の参考にもなればと思います。
漱石は、日本語を学ぶ人がいつか原文で読みたいと考える作家の一人だと思います。ただ、作品によって長さも読みやすさもかなり違います。この記事では「夢十夜」「坊っちゃん」「こころ」の三つを比べて、どれから読むかを考えます。
三つの作品の長さ
青空文庫の新字新仮名の版で数えました。数え方はJLPTレベル別に読める近代文学の目安と同じで、ふりがなや注記、空白を除いています。数字は丸めてあります。
| 作品 | 発表 | 文字数 | 漢字の割合 | 区切り |
|---|---|---|---|---|
| 夢十夜 | 1908年 | 約16,000字 | 31% | 十の夢 |
| 坊っちゃん | 1906年 | 約88,000字 | 28% | 11章 |
| こころ | 1914年 | 約160,000字 | 28% | 3部110章 |
漢字の割合は、三つともほとんど変わりません。違うのは長さと、一つの区切りの短さです。
最初の一編は「夢十夜」の第一夜
私が最初に勧めるのは、夢十夜です。1908年の夏に朝日新聞に連載された作品で、題名のとおり十の夢でできています。一夜分はおよそ1,400字から1,800字で、どの夢も一つで完結しています。
第一夜、第二夜、第三夜、第五夜は、どれも「こんな夢を見た。」という一文で始まります。短い文で、場面がすぐに立ち上がる書き出しです。
中でも第一夜は、筋が分かりやすいと思います。死んでいく女が、百年待っていてほしいと頼みます。語り手は墓のそばで日が昇って沈むのを数え続けます。話の形が単純で、繰り返しがあるので、知らない語があっても流れを見失いにくいのです。
ただし、夢の話には注意が一つあります。夢の中の出来事は、もともと筋が通らないことがあります。読んでいて分からないとき、それが日本語のせいなのか、夢だからなのか、区別がつきにくいのです。私は、一夜読み終えて「何が起きたか」を一言で言えれば十分だと考えています。それ以上は、分からなくても漱石のせいにしてよいと思います。
最初の長編は「坊っちゃん」
坊っちゃんは、1906年に雑誌「ホトトギス」に発表されました。東京育ちの向こう見ずな青年が、四国の中学校に数学の教師として赴任する話です。
長さは約88,000字で、夢十夜の5倍以上あります。それでも私が最初の長編に勧めるのは、語り口が速いからです。語り手の「おれ」は思ったことをすぐに口にし、文は短く、話はどんどん進みます。書き出しは「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。」です。この一文で、どんな人物の話かが分かります。
11章に分かれているので、1日に1章読めば、2週間かからずに読み終わります。
一つ注意があるのは、青空文庫には「坊っちゃん」の版が二つあることです。新字新仮名の版のほかに、新字旧仮名の「坊っちやん」があります。学習者には新字新仮名の版を勧めます。
三番目に「こころ」
こころは、1914年4月20日から8月11日まで朝日新聞に連載されました(青空文庫の図書カードによる)。学生の「私」と、「私」が「先生」と呼ぶ人の話です。
約160,000字ありますが、「上 先生と私」36章、「中 両親と私」18章、「下 先生と遺書」56章の110章に分かれていて、一つの章は平均で1,500字ほどです。新聞に一日分ずつ載った長さなので、一回ごとの量は夢十夜の一夜とあまり変わりません。
難しいのは長さよりも中身です。話は大きな事件よりも、人物の心の動きを追って進みます。後半の「下」は、先生が「私」に書いた長い手紙です。私は、坊っちゃんを読み切ってから手に取るのがよいと考えています。
漱石の文章でつまずきやすいところ
漱石の作品は100年以上前のもので、今とは違う書き方が出てきます。三つの作品から例を挙げます。
今と違う漢字の書き方。「坊っちゃん」の書き出しの「小供」は、今の「子供」です。「むやみ」は「無闇」とも「無暗」とも書かれ、同じ作品の中で両方が出てきます。「ごまかす」は「胡魔化す」、「よせばいい」は「廃せばいい」と書かれています。「こころ」の「単簡」は、今の「簡単」と同じ意味です。
**ふりがなで読み方を指定した語。**夢十夜の第一夜には、「判然」に「はっきり」、「首肯いた」に「うなずいた」、「色沢」に「つや」というふりがなが振られています。字の意味に合う和語を当てた書き方です。辞書で「判然」を引くと「はんぜん」という別の語が出てきて、「色沢」も「しきたく」という読みで載っています。ふりがなと辞書の読みが違うときは、ふりがなの読みのほうで引き直すと、意味が分かることが多いです。
「云う」と「私」。「言う」は、ほとんど「云う」と書かれています。「こころ」の「私」には「わたくし」とふりがなが振られています。
ふりがなは青空文庫の底本によって量が違います。今回数えた三つの版は、どれも難しい字にはふりがながついていました。
「吾輩は猫である」に挑む人へ
漱石の作品でいちばん有名なのは「吾輩は猫である」かもしれません。ただ、青空文庫の新字新仮名の版で約318,000字あり、「こころ」の2倍です。猫の目から人間たちの会話を眺める話で、登場人物が知識を披露し合う長い会話がたびたび続きます。
吾輩は猫であるの図書カードによると、この作品は1905年1月に「ホトトギス」に発表され、その後も同じ雑誌に連載が続きました。最初は第一章だけで発表されたものです。ですから、第一章だけを一つの作品として読み、そこで止めてもよいと私は考えています。全部を読むのは、そのあとで決めれば十分です。
Niho で漱石を読む
私は、青空文庫の17,000以上の作品の目録が入った iPhone・iPad 用の無料の読書アプリ Niho を作っています。
探す画面で「夏目漱石」や作品名を入れると、通信なしで目録を検索できます。作品の詳細画面には表記(「新字新仮名」など)と文字数が出ます。新字旧仮名の版は棚には並ばず、検索でだけ出て、ダウンロードの前に旧仮名遣いであることを表示します。
「こころ」の章は「上 先生と私 · 一」のように部の名前と一緒に表示されます。
ふりがなは底本にある箇所だけに表示し、オフにもできます。語を選んで「辞書で引く」を押すと、意味と JLPT レベルが出ます。上で書いたような当て字は、辞書に載っていないことや、別の読みで載っていることがあります。そのときは、選択メニューの「Jisho」からウェブの辞書でも調べられます。
縦書きには対応しておらず、横書きのみです。試験の前に夢十夜を一夜ずつ読む使い方は12月のJLPTまでの読解対策に、最初の一冊までの手順はNiho の始め方に書きました。
