鏡文字を書くのはなぜか:直すべきか、見守るか

2014年、アメリカの心理学者レベッカ・トレイマンらは、5歳から6歳のこども130人にアルファベットを書いてもらい、左右を反対に書く誤りを調べた論文を発表しました。d や J のように左を向いた字は、b や C のように右を向いた字よりずっと多く反対に書かれていました。そして、反対に書く誤りの多さは、およそ2年9か月後の読む力とは関係がありませんでした。
こどもが数字の「3」や、ひらがなの「さ」を左右反対に書くと、保護者は心配になると思います。この記事では、鏡文字がなぜ起きるのかについて研究で分かっていることを整理し、何歳ごろまで様子を見てよいか、家でどう声をかけるか、相談を考える目安について、私の考えを書きます。
鏡文字とは
鏡文字は、鏡に映したように左右が反対になった字のことです。字全体が反対になることもあれば、一部だけが反対になることもあります。アルファベットだけでなく、数字にも、ひらがなやカタカナにも起きます。
字を覚え始めたばかりのこどもが鏡文字を書くのは、めずらしいことではありません。フランスのジャン=ポール・フィッシャーらは、ふつうに発達しているこどもの鏡文字を長く研究していて、5歳から6歳のこどもが、習ったことのない字や数字まで反対に書くことを報告しています(Fischer と Luxembourger の2018年の総説)。
なぜ左右を反対に書くのか
理由は一つではありませんが、研究では主に二つの説明がされています。
目は、左右反対のものを同じものとして見る
私たちの目と脳は、左右が反対になった物を、同じ物として見分けるようにできています。右を向いたコップも、左を向いたコップも、同じコップです。物を見分けるには、とても便利な性質です。
ところが、文字ではこれが困ります。b と d、p と q は、左右を反対にすると別の字になるからです。フランスの神経科学者スタニスラス・ドゥアンヌらは、2010年の研究で、読むことを学ぶときに使われる脳の領域にもこの「左右を同じとみなす」性質があり、それがこどもの一時的な鏡文字の誤りを説明するかもしれない、と述べています。字を読み書きできるようになるには、この性質を、文字についてだけ抑えることを覚えなければならない、という考え方です。
字の向きを、ひとつの決まりで覚えている
もう一つは、字の向きの覚え方です。トレイマンらの研究では、左を向いた字ほど反対に書かれやすいことが分かりました。英語のアルファベットには右を向いた字のほうが多いので、こどもは知らず知らずのうちに「字は右を向くもの」という傾向を覚え、左を向いた字まで右に向けてしまうのではないか、と著者たちは考えています。
数字でも似たことが報告されています。フィッシャーらの一連の研究では、1、2、3、7、9 のように左を向いた数字が、反対に書かれやすいとされています。左右が対称な 0 と 8 は、反対に書かれることがほとんどありません。また、こどもは字の形そのものは見分けられても、思い出して書くときに向きの情報が抜け落ちやすい、とも考えられています。お手本を見ながら写すときより、何も見ずに書くときに起きやすいということです。
利き手のせいではないか、と言われることもありますが、フィッシャーらの研究では、左利きのこどもが特に鏡文字を書きやすいという結果にはなっていません。
何歳ごろまで様子を見るか
研究の多くは4歳から6歳のこどもを対象にしていて、この時期の鏡文字はふつうのこととして扱われています。字を覚えている途中に起きるものなので、何歳で必ず消える、という線は引けません。
アメリカの学習障害の情報サイト Understood は、文字を反対に書くことは、それだけでは読み書きの障害のしるしではないと説明したうえで、小学1年生の終わりになってもよく反対に書くようなら、評価を受ける目安になるかもしれない、と書いています。
トレイマンらの研究で、後の読む力と関係していたのは、鏡文字の多さではなく、字を正しく書けた割合のほうでした。ですから私は、鏡文字だけを数えて心配するより、全体の様子を見るほうが大事だと考えています。たとえば、次のようなことが重なるときは、学校の先生や、かかりつけの小児科、地域の発達相談の窓口に相談してみてよいと思います。
- 小学校に入って1年ほどたっても、同じ字をくり返し反対に書く
- 字を読むことに強い苦手がある。ひらがなの読みがなかなか定着しない
- 字の形そのものが覚えにくく、お手本を見ても形がくずれる
- 鏡文字のほかにも、ことばや手先の動きで気になることがある
私は医療や発達の専門家ではありません。気になるときは、ひとりで判断せずに専門の窓口を頼ってください。
家での声のかけ方
ここからは、上の研究をもとにした私の提案です。研究で効果が確かめられた方法ではありません。
「反対だよ」とだけ言わない。 こどもには、自分の字が反対になっていることが見えていないことが多いと思います。「違う」「また反対」と言われても、どこをどう直せばよいのか分かりません。「一緒に書いてみよう」と言って、隣で正しい向きの字をゆっくり書いて見せるほうが伝わります。
きょうだいや友だちと比べない。 「お兄ちゃんはもう書けたのに」という言い方は、字を書くこと自体を嫌いにさせてしまうかもしれません。
書き始めの場所を示す。 鏡文字は、書き始めの場所と最初に進む向きを間違えると起きやすいと思います。「3」なら左上から始めて右へ、のように、書き始めの点に小さな丸をつけておくと手がかりになります。
まず写す、それから思い出して書く。 何も見ずに書くときに反対になりやすいなら、お手本を見ながら写す練習を先にして、慣れてから見ないで書くほうが、無理がないと思います。壁に数字やひらがなの表を貼っておき、迷ったら自分で見に行けるようにしておくのもよい方法です。
直すのは1回に1字。 反対になる字がいくつもあるときは、今日は「3」だけ、のように一つにしぼります。全部を一度に直そうとすると、こどもは書くことに疲れてしまいます。
消させすぎない。 反対に書いた字を何度も消して書き直させるより、次に書くときに正しく書けたらそれで十分だと私は考えています。
数字の書き方の順番については、数字の書き方を幼児に教える順番に、ひらがなの書き始めの時期についてはひらがなは何歳から書ける?書き始めの目安と準備に書いています。
BrainDojoきっずでできること
BrainDojoきっずは、3歳から6歳向けの iPhone・iPad アプリです。文字のコースは「なぞる」「うつす」「かく」の順に進み、ひらがなのコースなどでは、そのあとに小テストの「ためす」があります。
「なぞる」では、お手本の線を1画ずつ、書き始めから順にたどります。「うつす」では、書き順のアニメーションでお手本が書かれていくのを見ながら、下の枠に自分で同じ字を書きます。どこから書き始めて、どちらへ進むかが毎回目に入るので、この記事に書いた「まず写す」の段階にあたります。「かく」では、なぞる線のない枠に字を書きます。
書いた字は、その字として読み取れれば正解になります。鏡文字を見つけて知らせる機能はありません。向きが気になるときは、おとながそばで画面を見て、一緒に確かめていただくのがよいと思います。
数字は「はじめてのすうじ」、ひらがなは「はじめてのひらがな」のコースで練習できます。各コースの最初のステージは無料です。こどもの名前を練習する「じぶんのなまえ」コースは、全ステージ無料です。紙で練習したいときは、ツールの「なぞりシート」で練習用のシートを印刷できます(ひらがなの1枚目は無料)。
保護者の設定には1日の利用時間の上限があり、初期値は10分です。広告はなく、アカウント登録もいりません。基本は無料で、すべてのコースとゲームを使うにはプレミアム(月額または年額)の登録が必要です。
最初の使い方はBrainDojoきっずの始め方で、毎日つづけるコツはBrainDojoきっずを毎日つづけるためのヒントでご紹介しています。
